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戦後のなぜ

【戦後のなぜ】
なぜ、米国はポツダム宣言を守らなかったのか?

なぜ、米国はポツダム宣言に反して占領・洗脳を行ったのか?
・進駐軍の犯罪

なぜ、吉田茂ほか戦後の政府首脳は、違法な占領・洗脳を承知していながら許容・協力したのか?
・GHQが天皇と国体を人質にしたから。すでに軍隊を解散させたので反抗する実力がなかったから。もしかしてGHQは国民を人質にしていた?

なぜ、日本国民は占領軍に迎合したのか?
・GHQの検閲に協力した言論人、元軍人、官僚、政治家・・・・

なぜ、占領中が語られないのか?

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大東亜戦争のなぜ

私は、国家の選択肢としての戦争を否定しません。また、戦争が政治の一部ならば、内政を理由とする戦争も否定しません。
昭和のあの時期、戦争はむしろ必然だったでしょう。でなければ国内がもちません。

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【大東亜戦争のなぜ】
なぜ、米国に開戦するのか?
・要因は英米不可分論だけか?
・英、蘭、米と、侵攻する順にその都度宣戦でもよいのでは?
 実際に英米には12月8日宣戦布告、蘭には翌年1月12日宣戦。
・日本にとって米国と開戦して得るものは何もない。比島やグアムに資源があるか?
・このとき、米国は連合国だったか?参戦もしていない米国になぜ喧嘩を売る?

なぜ、日本から開戦するのか?
・これは軍令部の都合だろう。政策と統帥とが主客転倒。
 奇襲であっても勝てない戦争なのに。

なぜ、無条件降伏なのか?
・もともと「軍」が降伏するのであって、「国が降伏する」という観念自体が存在しない。
・無条件降伏の要求はルーズベルトが提議した。
・なぜ?条件付降伏ではいけないのか?
 誰にどう都合が悪い?
 →ルーズベルトにとって自分の参戦謀略が米国民にばれるのがまずいので、無条件降伏を要求し、戦争が簡単に終結しないようにした。
 →トルーマンにとっても、原爆や無差別爆撃の違法性を隠蔽するために、一方的な占領・洗脳政策の前提として無条件降伏が必要であった。
 →すると、占領・洗脳あるいは日本の破壊が前提であり、そこへの到達手段が無条件降伏の要求となるが。

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大日本帝国は、政府から一般国民、民衆までの全員一致により戦争を始めました。戦争という国策の決定にあたっては、その時の政体、法律、慣習が許すすべての手続きに則っています。むしろ慎重に決定した結果、時期を逸したのかもしれません。
もっと早い時期での戦争ならば、対支全面戦争、対蘇限定戦争、蘭印派兵、あるいは対独戦という選択もあったかもしれない。実際に、支那や蘇連に戦争を仕掛けられていたのです。
大正から昭和初めの日本の対外(支那を含む)協調策、つまり外交・内政の比重配分の過誤が、却って日本の選択を狭めたのかもしれません。


2008年11月20日

戦前のなぜ

私は15年戦争という見方はとりません。昭和の戦争は、支那事変を含めた大東亜戦争1つだけです。ですから、このカテゴリにおける戦前、戦後は大東亜戦争前、大東亜戦争後を意味します。

大東亜戦争の期間は、最大でいくと、昭和12年7月7日(盧溝橋事件)から昭和20年9月2日(降伏文書調印)までの8年2ヶ月となります。最短でいくと、昭和16年12月8日(宣戦布告)から昭和20年8月14日(ポツダム宣言受諾通告)までの3年8ヶ月となります。
支那事変は完全に売られた喧嘩ですが、上海防衛線へ誘引するための蒋介石の挑発に盧溝橋が含まれるのかどうかが、私自身いまいち不勉強です。8月13日の第二次上海事変では遅すぎると思いますが。日本政府の意思からすれば、宣戦詔書から終戦詔書ですので、やはり最短の3年8ヶ月となります。

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【戦前のなぜ】
なぜ、各国(独、英、米、蘇)は支那、支那事変に介入するのか?
・すべての国に支那へ侵略の野望があった?
 それとも、すべての国は支那と友好したかった?
・米国の利益はなにか?
 やはり米国は支那に進出したかった、としないと不合理。
・そんなに支那は魅力か?

なぜ、日米交渉なのか?
・支那事変の解決になぜ米国との交渉か?
 英はともかく、米国が支那を支援していたという認識?
・それとも単に大国の仲介が欲しかった?
・米国側にメリットはあったのか?米国の思惑はなに?
 日本を無視して好きに進出した方がいいだろうに。
・あの2神父はどこへいったのか?

なぜ日米は敵対したのか?
・米国は、三国同盟締結を第2次大戦への日本参戦ととらえたのか?
・米国にとって日本はなにが脅威だったのか?
 蘭印、英印、仏印の米国権益か。
・日本にとって米国はなにが脅威だったのか?

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支那というか、蒋介石は、各国から支援を受けていたんですね、日本の同盟候補国である独蘇も含めて。
もしも英仏が対独開戦しなければ、第2次世界大戦は支那・満州・日本を戦場とした世界連合軍による大日本帝国フルボッコだったかもしれないですね。


2008年11月19日

昭和のなぜ

□昭和のなぜ□
なぜ、明治体制の革新が革命、戦争へとつながったのか?
なぜ、明治体制の革新が憲法改正につながらなかったのか?
なぜ、日本人はいなくなったのか?

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1.明治体制は昭和の初めにはもう行き詰まっていた。
2.しかも、それは国内に理解されていた。
という提議です。

「なんとかしなきゃ。変えなきゃいかん」までは皆が理解・賛同していた。ただ、変える「方向」と「方法」で錯誤があった。明治体制の不備・欠点を維新のプロセスから解析するのでなく、結果を焦ったあげくに革新、全面否定に走ったのではないか。

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明治体制の行き過ぎは、身分・階級を全廃したところ。自己犠牲で維新に貢献した武士階級を廃止し、平民に自活の道を示すことができなかった。健全な一般国民を育てるまでにたどり着けなかった。一方で、明治中期に弾圧された武士階級の不満が政党と言論界に引き継がれる。そして大正の終わりに、健全な一般国民が不在なまま、普通選挙を実行してしまう。
明治体制の不備は、(大正初期までは)賢明で強力な指導層により補完される。しかし、それを制度として(憲政上に)確立できなかった。元老は世襲されなかった。また次世代の元老候補も、薩長閥の絶対否定で昭和初めにはいなくなってしまう。つまりは、明治維新は継承されなかった。


2008年11月17日
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