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平成東條日記「三浦の対米戦略PPT」

「では、発表しまっす!」三浦が立上り、電気を消した。
なんと、三浦はパワーポイントで準備してきたのだ。しかも、持ち込んだ小型OHPは今回のために購入したという。廉価版でも2万は下らない。こいつ、嫁さんとまたもめるんだろうな、と山本は思った。
東條さんは、目を見張っている。「おおっ、すごいぞ、三浦」
パワーポイントが立上り、1枚目が表示された。画面いっぱいの日章旗。と、いきなりブラスバンドの音が。
BGM付きかよ!と、中嶋がつぶやく。しかも曲目は君が代行進曲だ。東條さんは正座してしまった。しぶしぶ、山本も中嶋も正座する。二人の口がぶつぶつ動いているのは、三浦に対する悪口だろう。東條さんの口が動いているのは、君が代を歌っているのだろうか。
画面がフェードアウトし、一面青色となった。そこへ、白抜きで『帝国陸軍対米戦略要綱』と、1字ずつスライドインされる。曲はドリルに入る。こころなしか、東條さんの体が上下に動いているようだ。来たれや来たれ、と口ずさんでいるのかもしれない。
『・現状 日米間の問題
 ・推論 米国の目的と戦略
 ・想定 日米が開戦にいたる状況
 ・戦略 米国の開戦を遅らす策・・・』
画面の一番下に日付と三浦の名前が出たところで、マーチが終わった。たっぷり3分もタイトルだけに使いやがった、と中嶋のつぶやき。君が代ではじめてこの後どうすんだよ、とは山本。東條さんは、もう感激したのか、しきりに頷いている。三浦はといえば、得意満面。にんまりして、今にもVサインをだしそうだ。


「ですから、たとえ支那事変が解決しても、帝国が支那に関わっている限りは米国の干渉は免れません。さらに、支那から民間を含めて総引揚げを行ったとしても、満州帝国に関して同じ問題が残ります」
「ふぅむ。満州からも総引揚げしないとだめなのか。そこまでは、とてもとても」と言った東條さんは、腕を組んだままである。
「支那、満州の両方から総引揚げを行った場合でも、まだ米国が圧力をかけてくる可能性は残ります。実際に、日露戦争の後、米国はずっと帝国の大陸政策に干渉し続け、圧力をかけて来た訳です。それが大きくなったり小さくなったり波があったので、決定的な対立まではいたりませんでした。ですが、それは単に米国にも都合があったからです。例えばモンロー主義、例えば欧州大戦」
「そうすると、米国にずっと・・・、その、都合があればいいわけだ」
「はい、そうです。具体的には、米国が日本に宣戦しない状況はこのような場合です」
画面が変わる。
『米国が日本との友好関係を選択する状況
・国論統一材料の不在
・大英帝国が健在で親日
・米国・英国周辺が不安定


「1番目の最もわかりやすい例は、大統領が宥和的である場合ですね。逆の場合だと、米国が被害を受ける事件や紛争でも代用できます。単なるプロバガンダやイエロージャーナリズムの類でも十分です。それだけで、米議会に上程されると国論となってしまうのです。やっかいな点は、世論や国論が実際に統一される必要がないということです。米国議会が動くのには、5%の国民が騒ぎだす材料で十分なのです」
「まったく迷惑な国だよな~」
「2番目ですが、米国が助言を受け入れる国は、唯一、大英帝国だけです。他の国の助言は、受け入れません。米国が、他の国と同盟を組むことがない、国際連盟に参加することがないのは、このためです」
「なぜかな?」
「それは、大英帝国が帝国かつ強大だからです。米国は、自国より強い国とは戦争しません。これからもありえないでしょう。独立戦争、南北戦争、米英戦争の教訓でしょうね。それは米国本土が戦場だったからです」

「軍事力だけなら、米国は英国より強いかもしれません。が、大英帝国の強さは、軍事力と版図の広大さだけではありません。通信・金融・諜報をはじめとする諸々の帝国を維持する知識・経験や仕組み自体が脅威なのです。米国自身が帝国なので、大英帝国の強さがよく理解できるのです」
「そうか、たしかに米国は帝国と見たほうが理解しやすいな」
「そうなんですよ。50近くの国が集まっていて、人種・宗教・民族・文化・・・いろいろです。欧州大戦前のオーストリア・ハンガリー帝国とかロシア帝国とそう違いません。大英帝国を手本にしたいことが米国には多いと思いますよ」
「・・・大英帝国が、英国でなく、大英帝国として存在する限り、米国は英国の助言に耳を傾けるでしょうし、時として大英帝国の説得にも応じるでしょう」
「そこで、3番目に米国周辺だけでなく、英国周辺が入るわけだな」
「はい。大英帝国の中心である英国と、その周辺つまり欧州が不安定で不穏な場合、米国は動けません。同様に、優先度は下がりますが、大英帝国の版図、英国の植民地の不安定も、米国にとっての関心事です」
「この3つのすべてが満足される場合は、米国は動きません。そこで、米国との戦争を避けるための帝国の外交は、こうなります」
画面が変わる。
『帝国の対米外交戦略
・米国の関心をひく事件を起こさない
・大英帝国の弱体化を防ぐ
・英国と良好な関係を保つ
・英国、米国とその周辺の動静監視
・英国連邦、英植民地の動静監視』
「う~む。これは難儀だ」
「日露戦争当時の明治人の偉大さがわかるな」

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平成東條日記「壬生漬けと大日本帝国の戦略」

「日本が戦争する理由だと?」
東條さんが、さも驚いたと高い声をあげた。
「はい。そう言いましたが」と、三浦が繰り返す。おそるおそるという感じか。
東條さんは、しかし、ためらうことなく答えた。
「帝国が戦争する理由などない」
東條さんがつづけた。
「帝国の大戦略は、自存自衛である・・・」
三浦がさかんにまばたきしている。なにかとかぶったのだろう。既視感というやつだ。
「つまり、独立の維持と発展の継続だ。
それに必要なものは、
一に、防衛。本土、満州、朝鮮、南洋とその周辺の安定。これが軍事だな。
二に、外国に対して、資源輸入の安定と市場の確保。これが外交。
三に、殖産。基礎技術の輸入、工業と農業の振興、進展。
最後に、国内。治安維持、世論の安定は内務だな」
しごくまともである。
「以上はすべて平和裏に成就できる。満州国が成った今、戦争をする理由などない」

東條さんが言い切った後、しばらく誰も言葉を発しなかった。三浦が噛む壬生漬けの音が、しゃきしゃきと響いた。山本が、先を促すように中島を見た。しょうがないなと、中島が盃を置いた。
「正論ですね、東條さん」
「そうであろう」と、東條さんは愉快げに盃を干した。そして、注げとばかりに、その盃を三浦に突き出す。三浦は両手でお酌した。
「幾分足したほうがいいものもありますが、まず国家戦略としては完璧でしょう」
東條さんは、まだ機嫌よく、「足りないものには、何があるか」と聞いてくる。
「財政と内政両方の意味で、地租改正や小作料などの農業・農村対策は急務でしょう」
「ふむ」
「それと、治安の面では、雑誌はともかく新聞とラヂオは監視する必要があります。支那事変以後の新聞は、偏向・捏造・虚報・煽動がひどすぎます。これは防諜面にも関わります」
「なるほど、防諜か。しかし、言論を規制すると、何かとうるさい」
「はい、やり方には工夫が必要でしょうね。直接の取締りには反発が大きいでしょうから、間接的なものとします。政府あるいは内閣で広報誌としての新聞を発行したらどうでしょう?」
「官報や公報はすでにあるが?」
「いや、例えば首相の談話とか、大臣の政策説明とかを紙面の中心にした新聞です。談話や外交事実などをそのまま印刷するだけですよ。国民は、国営新聞で事実を確認したうえで、好きな新聞を読めばよい」
「なるほど。重要な政策や談話は、新聞社の勝手にさせないと言うわけだな」
「はい。これだけでも記者は大きな牽制を感じる筈です。あと、できれば放送も国営を持ったがいいでしょう。日本放送協会に別枠を確保でもいいですが」
「ブン屋が政府や軍に出入りする理由は半減するな、それで。防諜はそれだけで十分かな?」東條さんは、顔は中島に向けたまま、右手で盃を三浦に突き出す。三浦が、また両手でお酌した。
「戦略レベルではこんなところでしょう、あとは各官庁が。新聞記者や作家の身上調査ぐらいは、黙っていても内務省がはじめるでしょう」

「あの」
突然、三浦が手をあげたので、みんな振り向いた。
「なんだ?」
「いや、ほら、防諜だったら、情報戦でしょ。情報局は?」
おおーっ、と皆がうなづくと、三浦は盃を掲げてみせた。
「昭和15年の創設では遅いし、実務は、中島が今言った世論や思想の監視と誘導だけだったでしょ。そうじゃなくて、情報の収集や分析は、国家で統合しなくていいのかな」
「僕は難しいと思いますけど、東條さんどうですか?」中島は、東條さんに振った。
「まず一番に、情報収集、諜報を政府に頼るというのは、陸海軍も外務省も承知しないだろう。一元化するということは、情報源が1つということにもなるし、それはそれで危なっかしいと思う」
「出先は、加工前、分析前の生情報を欲しがるということですね」と、情報処理技術者の肩書きを持つ中島が頷く。
「それもある。いま1つは、統帥とのからみだ。大本営を今の形で残すかどうかはこれから議論するところだが、やはり作戦するには情報が必須だ。私は、情報分析と諜報指示は統帥部が握るべきだと思う」
「それはちょっと。作戦部が情報を恣意的に解釈することを防げないのでは?」
三浦が反論する。
「うん、そのとおりだが。山本、統帥とか組織の話にこのまま入るのか?」
「あ、そうですね。ひとまず国家戦略は完成ということで、一区切りしましょうか」
と、山本が引き取った。そろそろ壬生漬けの次が欲しい頃合である。
ちょっと冷蔵庫を覘いてくると、山本は出て行った。三浦は、1升壜を持って燗つけ器の蓋を開けたところだ。
そこで、中島は気づいて三浦に声をかけた。
「おい、三浦。おまえ、戦争の理由がどうとか聞いていなかったか?」

平成東條日記「焼き茄子と敗戦日本」

「なあ、山本よ」
皮付きの焼き茄子をしばらくほじくっていた東條さんが、口火を切った。
「はい」
答える山本は、元気がない。
「いくら敗戦して占領されていたとしても、だ」
「はい」
「それは、占領軍は言論も取り締まるし、その、表現の自由など許しはしないだろう」
「はい」
「用意周到に言論統制、占領行政の準備も、おさおさ怠りないとしても、だ」
「はぁ」
「それはあくまでも、占領下のことだ」
「はい」
「そのサンフランシスコ条約で独立を回復したあとは・・・」
「えぇ」
「日本の、日本人の責任だろう」
「・・・・」

「いや、復興、生活を元に戻すため生計を立てるのに忙殺されていたのは想像できるが」
「はい」
「それにしても、だ。日本を取り戻すために経綸を考える者は一人もいなかったのか?」
「いや、それは・・・」
「時はいくらでもあったろう」

言われるまでもない。現実に私たち戦後の日本人は、本当の意味で日本を復興させる努力をしたのだろうか。東條さんの時代の人が戦争を起こし遂行したことはいくらでも批判できる。その結果、日本が日本らしさを失ったのも敗戦の影響が大きいだろう。しかし、敗戦後の日本の経済的復興を担ったのも、戦争を遂行し応援したのと同じ時代の日本人なのだ。
考えてみると、敗戦後の日本人は、復興に尽力したのだろうか。
復興しつつある日本の足を引っ張り、社会の安定を乱したのは、敗戦後の日本人ではなかったのか。
そして今、さらに、すべての責任を戦争と戦争世代の日本人たちに負わせようとしている。

「いくらなんでも、だ。敗戦後60数年も経ってなお、生計のためだけに生きているのか」
「そうではあるまい。日本人全員がそうなのか」
「いや、失くしたものはしょうがない。元に戻せとは詮無い、それはわかる」
「なぜ、造ろうとしない。これだけの繁栄があれば、いくらでもできるだろう」

高度成長が止まったときも、石油ショックも、ニクソンショックも。バブル崩壊も、金融危機も。
それで景気が止まっても、不景気に陥っても、なお戦前の日本よりはずっと豊かであった。

「戦略がなくて、日本は敗れた。そうであろう」
「内政がだめで、外交がだめで、軍も政治も国民も、だめだった。そうであろう」
「それがわかっていて、なぜ、まだ、ふらふらしているのだ」
「一所懸命やらんか」

平成東條日記「開戦の大義名分」

平成東條日記「開戦の大義名分」

「大東亜共栄圏だ」
東條さんが言った。
「そうですね。大川周明や徳富蘇峰の理論で十分でしょう」
わたしはうなずいた。
「いや待て。それでは危険だ」
それまで黙って聞いていた中嶋が口を開いた。
「どういうことだ。英米の植民地政策に対する理論として大東亜共栄圏は十分だろう。もちろん理論をもう少し洗練する必要はあるが」
「そういう意味じゃない。大東亜共栄圏の考えは十分完成されている。が、ただし、国内向けとしてだ」
「国外向けには不十分ということか」
「そうです、東條さん」
「しかし、独伊に対しては亜細亜に限ったことと説明が可能だ。実際、独逸の生存圏思想とそう変わらんし・・・」
「英米を刺激するということか?」
「たしかに刺激はするな。まあ、待て。結論を急ぐ必要はない。まずは、大東亜共栄圏という思想の根底だ」
「中嶋は十分理解していると思うが。むしろわれらより・・・」
「そう。要は東亜細亜のことは亜細亜で決める。欧米は口出すなということだろう。亜細亜の範囲の線引きで英米を刺激するかも知れないが、当初は印度や比島は含んでいない」
東條さんの言うとおり、中嶋の方が私たちより研究し尽くしているはずだ。
「そこだな。亜細亜で決めると言っても、東亜の独立国は、日本、支那、シャムの3国だけだ。しかも、シャムは小国で、日本は支那と戦争中だ。つまり、亜細亜のことは日本一国で決定する。従わない国は日本が征伐する。それが大東亜共栄圏だと、国外には映るわけだ。違うか?」
「うっ」
東條さんは、顔をしかめて黙り込んだ。

たしかに、中嶋のいうように欧米は解釈するだろう。日清戦争以来、日本は大陸に覇権を確立しようとしてきた、外交と武力で。
「日本は、武力を背景に大陸に進出した。そして、武力を背景に居座り続けている。満州国を建国したが、それに飽き足らず、支那全土を支配しようとしている。そうだろう?」
「いや。そうではない。支那のほうが、条約で認められた帝国の権益を侵しているのだ。外交で決めても支那は守らないし、守れない。ならば、帝国の臣民や権益は帝国自身で保護しなければならん。また、国際条約や協定を守らない支那に対して、外交圧力で不足ならば、軍事行動で圧力や報復を行うのは当然だ。そもそも、喧嘩を売ってきたのは支那の方だと言ったのは、中嶋お前だ」
東條さんは一気にまくし立て、中嶋をにらみつけた。さすがに迫力がある。
「そのとおりですよ、東條さん」
「は?」
「日本はそう理解しています、支那も、たぶん英米もね。ですが、友邦でも同盟国でもない他国をどうして素直に理解してやらなければならないのですか?」
「え?」
「日本が支那で勢力を拡大するということは、英米の利益にならないのですよ。わかりますか?」
「ああ、そうだな」
「自国の不利益につながる日本の行動に対しては、たとえ正当であってもおいそれと認めてはならんのですよ。それが彼らの外交であり政略なのです」
「そういうことか!」
「日本の対支軍事行動は、英米の権益を侵すものではないと説明し、理解を得るのが外交というものです。理解を得た後で軍事行動を始める。それが、彼ら英米のいう国際ルールです」

「しかし、その日本に好意を抱いてない英米がそれで納得するのか」
しばらく考え込んでいた東條さんが、やっと口を開いた。
「それはそれ。納得はしなくても日本の論理が正当であれば理解はするでしょう。腹の中は別にしても」
「なに?」
「それが、人事を尽くすということでしょう。説明の場を持つのと持たないのでは雲泥の差です。英米の権益を尊重している、だから近くで事を起こす前に、やむをえない事だと説明する場を持つ。英米は納得はしなくとも、日本が手続きやルールをわきまえていることは理解する。もちろん、利害が反すれば、やはり英米は敵対行動に出るかもしれない。しかし、日本が手続きを踏んだという事実は残る。英米もいきなり敵対行動に出るわけにはいかない、日本との交渉を持つかもしれない」
「わかった。他国の好意を当てにしてはいけないということだな」
「そうです。まして英米は敵性国家の筆頭ですから」
これが、中嶋の言う日本人の陥穽か。
「日本人は、基本的に善意で行動し、好意で解釈します。それをはっきりと明言することはありません。口にすれば、それは利益目的の行動に堕ちてしまう。黙ってやるから善意であり好意なのです。それが日本人の価値観です。それが日本人の行動規範なのです。しかし、それは日本国内の日本人同士でしか通じないということを、多くの日本人が自覚していません。軍人も外交官も政治家も」
なるほど。失念していたな。私も、海外にいた時は、いつも自省していたのだが。
「どうです。私がこう言うと、くどいとかうるさいとか感じるでしょう?」
「わかった、わかった。それで大東亜共栄圏はどうなる?」

平成東條日記「鮪の刺身と社会主義」

平成東條日記「鮪の刺身と社会主義」


「中嶋よ」
議論が一段落した時を捉えて、私は切り出した。
「戦前・戦中の10年ほどに集中して社会主義が流行したのはなぜだろう。それも、学生や知識層だけでなく、華族・皇族や高級官僚などのエリート階級にまで。彼らにとって階級を否定することは、信奉する国体・立憲君主制を否定することにつながるにも関わらずだ」
「日本民族の社会は、もともと社会主義的な共同体なのだよ」
思いもしなかったことを、中嶋は言い出した。
「日本人の死生観にそれが現れている。神道もそうだな」
「ふふふ」
ふと隣を見ると、東條さんが手酌で飲みながら、うなずいていた。
中嶋は箸を伸ばして、鮪を二切れ取った。そしてビールをぐっと飲むと、また話し始めた。
「日本人はな。換骨奪胎の名人なんだよ、昔から。明治維新で王政復古となり、廃藩置県で中央政府となっても。憲法を発布し、選挙を行って議会を起こしてもだ」
また、コップに口をつけた。
「民主主義とか、憲法が大切だとか、そんなことが大事だとはみんな思ってなかったんだよ、腹の中ではな」
は?何を言ってるのかわからない。
「そんなものはみな、独立を保持し、富国強兵を進め、一等国として欧米列強と対等に渡り合えるまでの方便だと。日本人はそう思っていた」
「一方でだ。昔からの平等で公平で安定した社会共同体を、ちゃんと表す理論もほしかった。例によって、阿吽が日本の社会だったからな」
「そんな中で社会主義や共産主義を見ると、それまでの欧米の制度よりぐっと日本に近いと思ったわけだ。もともと方便だから、列強の一員となって、あるいは東亜の盟主となった暁には、その時またふさわしい制度を探せばいい。単に強国となるための方法や過程、理論的根拠として採用するのだから、皇室を廃そうなどとは夢にも思っていない。だから、皇族も華族も平気で社会主義にはまるわけよ」
そんなのありかよ。私は思った。
「山本、お前も日本人を50年以上やってるんだ。気づいているだろ?」
「東條さんだって、社会主義を否定はしない筈。そうでしょう、東條さん」
「うむ。われらが目指す高度国防国家の経済政策は、ま、いうところの社会主義だな」
「でしょう。おまけに日本人は新し物好きときてるから」
「そうそう」
なんだ?二人とも出来上がってしまったのか。
「東條さん、わたしはね。古代の日本人、いや倭人はね・・・。もっと刹那主義で楽観主義で個人主義で、人生を。・・・そのぅ30年足らずの人生を楽しんでいたと思うんですよ」
「うんうん、それで?」
東條さんは、嬉しそうにうなずいた。どうやら話は大和朝廷以前に飛ぶらしい。古代の共産制と近代に理論で構築された共産主義や社会主義とは違うはずだ、と私は思ったが、酒を飲みながらの話にはうってつけかもしれない。もう少し聞いてみよう。それにしても、東條さんは楽しそうだ。古代史にもついていけるのか。

ー中略ー

「中嶋、少しよいか?」
「要するに、欧米の合理主義精神を日本が学ぶことはできる。そして日本に応用することもできる。しかし、それだけでは、日本人の精神には・・・、え~と、なんと言うのかな、消化不良か?」
「欲求不満でしょうか?」
私が口をそえる。
「うん、そうだ。その欲求不満が残る。それは、日本の心を欧米の精神で推し量るなという民族の根源的なものだ。そして、為政者がそれを解決しようと、超合理主義、たとえば武士道とか、ものの哀れとか、・・・そういうものを取り込むと、外国には、日本はやはり国際社会に入れない特異な国と解釈される。日本の論理を国際社会で振り回しているとな」
「そのとおりです。・・・が武士道を英語で発行したのは、その間の誤解を解くためでしょう」
「うんうん。そうするとだ。日本はいつも国内向け、国外向けの2つの理論を用意する必要があるわけだな」
「厳密に言うと、もう1つ、東亜向けが必要ですね」
「なるほど。日本は理解されていないのだな?」
「理解されようという努力が、外国のものさしで不足だったのでしょう。なまじ、欧米の技術を小器用に模倣して見せたのが、誤解の元でした」
「ようし、わかった。お前の言うとおりだ。それで、日本はどうすればよかったのだ」
「日本精神の理論化でしょう。神道や和歌や皇室などをまとめて日本文化の理論的証明、帰納的証明。それも国内向けにです」
「国内向けに、か?」
「それが明治維新の誤謬の1つなのです」
「なるほど、そうなるか・・・・」
しばらく聞いていたが、私は不満だった。日本が教育に手をぬいたはずがない。
「待てよ、中嶋。明治政府は義務教育を取り入れ、国史の教育も行った筈だ。道徳と合わせて、神話時代から明治維新までの理論づけと教育は完全だったと思うぞ」
中嶋は、しばらく私を見つめたあと、続けた。
「だから、それは明治維新までだろ?」
「あ、ああ」
「独立維持のための富国強兵策とかは、国民レベルまで理解されていたと思う。が、なぜ議会制民主主義なのか?なぜ立憲君主制を採用し、絶対王政を採用しなかったのか?そして、それはいつまで続けるのか?」
「・・・そう言った疑問への回答は十分ではなかったのだよ。それでは、富国強兵と独立維持の次に来る、国民国家への移行がうまくいかない」
「ま、あれだ。忙しすぎたのかもしれんな・・・」東條さんが口を挟んだ。
そういえば、明治以来、日本は戦争の連続だ。指導層は、危機と戦争に対処するのに忙殺されていたのか。
「結局のところ、国民の育成に失敗。私が言いたいのは、日本人の未来像、それに到る過程、そして今現在の位置、そういったもの見せて、国民の精神を統一することに失敗したのです」
「外からの危機が続いた明治の間は持ちました。が、大正に入ると、独立と富国強兵が達成され、一等国になったと信じた国民はばらばらになります。そして、その状態で普通選挙の実行・・・結果はご存知のとおりです」

ー中略ー

「階級の廃止が一気呵成にすぎたのかもしれません。せめて士族だけでも保持していれば」
またまた、話が飛ぶ。中嶋の話は脈絡がとらえにくい。結末は、ちゃんと着くことになっている。ま、こいつの癖というか、やり方だから仕方がない。


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