FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

平成東條日記「開戦の大義名分」

平成東條日記「開戦の大義名分」

「大東亜共栄圏だ」
東條さんが言った。
「そうですね。大川周明や徳富蘇峰の理論で十分でしょう」
わたしはうなずいた。
「いや待て。それでは危険だ」
それまで黙って聞いていた中嶋が口を開いた。
「どういうことだ。英米の植民地政策に対する理論として大東亜共栄圏は十分だろう。もちろん理論をもう少し洗練する必要はあるが」
「そういう意味じゃない。大東亜共栄圏の考えは十分完成されている。が、ただし、国内向けとしてだ」
「国外向けには不十分ということか」
「そうです、東條さん」
「しかし、独伊に対しては亜細亜に限ったことと説明が可能だ。実際、独逸の生存圏思想とそう変わらんし・・・」
「英米を刺激するということか?」
「たしかに刺激はするな。まあ、待て。結論を急ぐ必要はない。まずは、大東亜共栄圏という思想の根底だ」
「中嶋は十分理解していると思うが。むしろわれらより・・・」
「そう。要は東亜細亜のことは亜細亜で決める。欧米は口出すなということだろう。亜細亜の範囲の線引きで英米を刺激するかも知れないが、当初は印度や比島は含んでいない」
東條さんの言うとおり、中嶋の方が私たちより研究し尽くしているはずだ。
「そこだな。亜細亜で決めると言っても、東亜の独立国は、日本、支那、シャムの3国だけだ。しかも、シャムは小国で、日本は支那と戦争中だ。つまり、亜細亜のことは日本一国で決定する。従わない国は日本が征伐する。それが大東亜共栄圏だと、国外には映るわけだ。違うか?」
「うっ」
東條さんは、顔をしかめて黙り込んだ。

たしかに、中嶋のいうように欧米は解釈するだろう。日清戦争以来、日本は大陸に覇権を確立しようとしてきた、外交と武力で。
「日本は、武力を背景に大陸に進出した。そして、武力を背景に居座り続けている。満州国を建国したが、それに飽き足らず、支那全土を支配しようとしている。そうだろう?」
「いや。そうではない。支那のほうが、条約で認められた帝国の権益を侵しているのだ。外交で決めても支那は守らないし、守れない。ならば、帝国の臣民や権益は帝国自身で保護しなければならん。また、国際条約や協定を守らない支那に対して、外交圧力で不足ならば、軍事行動で圧力や報復を行うのは当然だ。そもそも、喧嘩を売ってきたのは支那の方だと言ったのは、中嶋お前だ」
東條さんは一気にまくし立て、中嶋をにらみつけた。さすがに迫力がある。
「そのとおりですよ、東條さん」
「は?」
「日本はそう理解しています、支那も、たぶん英米もね。ですが、友邦でも同盟国でもない他国をどうして素直に理解してやらなければならないのですか?」
「え?」
「日本が支那で勢力を拡大するということは、英米の利益にならないのですよ。わかりますか?」
「ああ、そうだな」
「自国の不利益につながる日本の行動に対しては、たとえ正当であってもおいそれと認めてはならんのですよ。それが彼らの外交であり政略なのです」
「そういうことか!」
「日本の対支軍事行動は、英米の権益を侵すものではないと説明し、理解を得るのが外交というものです。理解を得た後で軍事行動を始める。それが、彼ら英米のいう国際ルールです」

「しかし、その日本に好意を抱いてない英米がそれで納得するのか」
しばらく考え込んでいた東條さんが、やっと口を開いた。
「それはそれ。納得はしなくても日本の論理が正当であれば理解はするでしょう。腹の中は別にしても」
「なに?」
「それが、人事を尽くすということでしょう。説明の場を持つのと持たないのでは雲泥の差です。英米の権益を尊重している、だから近くで事を起こす前に、やむをえない事だと説明する場を持つ。英米は納得はしなくとも、日本が手続きやルールをわきまえていることは理解する。もちろん、利害が反すれば、やはり英米は敵対行動に出るかもしれない。しかし、日本が手続きを踏んだという事実は残る。英米もいきなり敵対行動に出るわけにはいかない、日本との交渉を持つかもしれない」
「わかった。他国の好意を当てにしてはいけないということだな」
「そうです。まして英米は敵性国家の筆頭ですから」
これが、中嶋の言う日本人の陥穽か。
「日本人は、基本的に善意で行動し、好意で解釈します。それをはっきりと明言することはありません。口にすれば、それは利益目的の行動に堕ちてしまう。黙ってやるから善意であり好意なのです。それが日本人の価値観です。それが日本人の行動規範なのです。しかし、それは日本国内の日本人同士でしか通じないということを、多くの日本人が自覚していません。軍人も外交官も政治家も」
なるほど。失念していたな。私も、海外にいた時は、いつも自省していたのだが。
「どうです。私がこう言うと、くどいとかうるさいとか感じるでしょう?」
「わかった、わかった。それで大東亜共栄圏はどうなる?」

スポンサーサイト

平成東條日記「鮪の刺身と社会主義」

平成東條日記「鮪の刺身と社会主義」


「中嶋よ」
議論が一段落した時を捉えて、私は切り出した。
「戦前・戦中の10年ほどに集中して社会主義が流行したのはなぜだろう。それも、学生や知識層だけでなく、華族・皇族や高級官僚などのエリート階級にまで。彼らにとって階級を否定することは、信奉する国体・立憲君主制を否定することにつながるにも関わらずだ」
「日本民族の社会は、もともと社会主義的な共同体なのだよ」
思いもしなかったことを、中嶋は言い出した。
「日本人の死生観にそれが現れている。神道もそうだな」
「ふふふ」
ふと隣を見ると、東條さんが手酌で飲みながら、うなずいていた。
中嶋は箸を伸ばして、鮪を二切れ取った。そしてビールをぐっと飲むと、また話し始めた。
「日本人はな。換骨奪胎の名人なんだよ、昔から。明治維新で王政復古となり、廃藩置県で中央政府となっても。憲法を発布し、選挙を行って議会を起こしてもだ」
また、コップに口をつけた。
「民主主義とか、憲法が大切だとか、そんなことが大事だとはみんな思ってなかったんだよ、腹の中ではな」
は?何を言ってるのかわからない。
「そんなものはみな、独立を保持し、富国強兵を進め、一等国として欧米列強と対等に渡り合えるまでの方便だと。日本人はそう思っていた」
「一方でだ。昔からの平等で公平で安定した社会共同体を、ちゃんと表す理論もほしかった。例によって、阿吽が日本の社会だったからな」
「そんな中で社会主義や共産主義を見ると、それまでの欧米の制度よりぐっと日本に近いと思ったわけだ。もともと方便だから、列強の一員となって、あるいは東亜の盟主となった暁には、その時またふさわしい制度を探せばいい。単に強国となるための方法や過程、理論的根拠として採用するのだから、皇室を廃そうなどとは夢にも思っていない。だから、皇族も華族も平気で社会主義にはまるわけよ」
そんなのありかよ。私は思った。
「山本、お前も日本人を50年以上やってるんだ。気づいているだろ?」
「東條さんだって、社会主義を否定はしない筈。そうでしょう、東條さん」
「うむ。われらが目指す高度国防国家の経済政策は、ま、いうところの社会主義だな」
「でしょう。おまけに日本人は新し物好きときてるから」
「そうそう」
なんだ?二人とも出来上がってしまったのか。
「東條さん、わたしはね。古代の日本人、いや倭人はね・・・。もっと刹那主義で楽観主義で個人主義で、人生を。・・・そのぅ30年足らずの人生を楽しんでいたと思うんですよ」
「うんうん、それで?」
東條さんは、嬉しそうにうなずいた。どうやら話は大和朝廷以前に飛ぶらしい。古代の共産制と近代に理論で構築された共産主義や社会主義とは違うはずだ、と私は思ったが、酒を飲みながらの話にはうってつけかもしれない。もう少し聞いてみよう。それにしても、東條さんは楽しそうだ。古代史にもついていけるのか。

ー中略ー

「中嶋、少しよいか?」
「要するに、欧米の合理主義精神を日本が学ぶことはできる。そして日本に応用することもできる。しかし、それだけでは、日本人の精神には・・・、え~と、なんと言うのかな、消化不良か?」
「欲求不満でしょうか?」
私が口をそえる。
「うん、そうだ。その欲求不満が残る。それは、日本の心を欧米の精神で推し量るなという民族の根源的なものだ。そして、為政者がそれを解決しようと、超合理主義、たとえば武士道とか、ものの哀れとか、・・・そういうものを取り込むと、外国には、日本はやはり国際社会に入れない特異な国と解釈される。日本の論理を国際社会で振り回しているとな」
「そのとおりです。・・・が武士道を英語で発行したのは、その間の誤解を解くためでしょう」
「うんうん。そうするとだ。日本はいつも国内向け、国外向けの2つの理論を用意する必要があるわけだな」
「厳密に言うと、もう1つ、東亜向けが必要ですね」
「なるほど。日本は理解されていないのだな?」
「理解されようという努力が、外国のものさしで不足だったのでしょう。なまじ、欧米の技術を小器用に模倣して見せたのが、誤解の元でした」
「ようし、わかった。お前の言うとおりだ。それで、日本はどうすればよかったのだ」
「日本精神の理論化でしょう。神道や和歌や皇室などをまとめて日本文化の理論的証明、帰納的証明。それも国内向けにです」
「国内向けに、か?」
「それが明治維新の誤謬の1つなのです」
「なるほど、そうなるか・・・・」
しばらく聞いていたが、私は不満だった。日本が教育に手をぬいたはずがない。
「待てよ、中嶋。明治政府は義務教育を取り入れ、国史の教育も行った筈だ。道徳と合わせて、神話時代から明治維新までの理論づけと教育は完全だったと思うぞ」
中嶋は、しばらく私を見つめたあと、続けた。
「だから、それは明治維新までだろ?」
「あ、ああ」
「独立維持のための富国強兵策とかは、国民レベルまで理解されていたと思う。が、なぜ議会制民主主義なのか?なぜ立憲君主制を採用し、絶対王政を採用しなかったのか?そして、それはいつまで続けるのか?」
「・・・そう言った疑問への回答は十分ではなかったのだよ。それでは、富国強兵と独立維持の次に来る、国民国家への移行がうまくいかない」
「ま、あれだ。忙しすぎたのかもしれんな・・・」東條さんが口を挟んだ。
そういえば、明治以来、日本は戦争の連続だ。指導層は、危機と戦争に対処するのに忙殺されていたのか。
「結局のところ、国民の育成に失敗。私が言いたいのは、日本人の未来像、それに到る過程、そして今現在の位置、そういったもの見せて、国民の精神を統一することに失敗したのです」
「外からの危機が続いた明治の間は持ちました。が、大正に入ると、独立と富国強兵が達成され、一等国になったと信じた国民はばらばらになります。そして、その状態で普通選挙の実行・・・結果はご存知のとおりです」

ー中略ー

「階級の廃止が一気呵成にすぎたのかもしれません。せめて士族だけでも保持していれば」
またまた、話が飛ぶ。中嶋の話は脈絡がとらえにくい。結末は、ちゃんと着くことになっている。ま、こいつの癖というか、やり方だから仕方がない。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。