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平成東條日記「焼き茄子と敗戦日本」

「なあ、山本よ」
皮付きの焼き茄子をしばらくほじくっていた東條さんが、口火を切った。
「はい」
答える山本は、元気がない。
「いくら敗戦して占領されていたとしても、だ」
「はい」
「それは、占領軍は言論も取り締まるし、その、表現の自由など許しはしないだろう」
「はい」
「用意周到に言論統制、占領行政の準備も、おさおさ怠りないとしても、だ」
「はぁ」
「それはあくまでも、占領下のことだ」
「はい」
「そのサンフランシスコ条約で独立を回復したあとは・・・」
「えぇ」
「日本の、日本人の責任だろう」
「・・・・」

「いや、復興、生活を元に戻すため生計を立てるのに忙殺されていたのは想像できるが」
「はい」
「それにしても、だ。日本を取り戻すために経綸を考える者は一人もいなかったのか?」
「いや、それは・・・」
「時はいくらでもあったろう」

言われるまでもない。現実に私たち戦後の日本人は、本当の意味で日本を復興させる努力をしたのだろうか。東條さんの時代の人が戦争を起こし遂行したことはいくらでも批判できる。その結果、日本が日本らしさを失ったのも敗戦の影響が大きいだろう。しかし、敗戦後の日本の経済的復興を担ったのも、戦争を遂行し応援したのと同じ時代の日本人なのだ。
考えてみると、敗戦後の日本人は、復興に尽力したのだろうか。
復興しつつある日本の足を引っ張り、社会の安定を乱したのは、敗戦後の日本人ではなかったのか。
そして今、さらに、すべての責任を戦争と戦争世代の日本人たちに負わせようとしている。

「いくらなんでも、だ。敗戦後60数年も経ってなお、生計のためだけに生きているのか」
「そうではあるまい。日本人全員がそうなのか」
「いや、失くしたものはしょうがない。元に戻せとは詮無い、それはわかる」
「なぜ、造ろうとしない。これだけの繁栄があれば、いくらでもできるだろう」

高度成長が止まったときも、石油ショックも、ニクソンショックも。バブル崩壊も、金融危機も。
それで景気が止まっても、不景気に陥っても、なお戦前の日本よりはずっと豊かであった。

「戦略がなくて、日本は敗れた。そうであろう」
「内政がだめで、外交がだめで、軍も政治も国民も、だめだった。そうであろう」
「それがわかっていて、なぜ、まだ、ふらふらしているのだ」
「一所懸命やらんか」

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